非特異的腰痛症に対する運動の効果はどのくらいなのか?
非特異的腰痛症とは「腰背部の痛みを呈し、腰部に起因するが下肢に神経根や馬尾由来の症状を含まないもの」と定義されています。つまり、神経症状(神経痛、しびれ、感覚異常、麻痺など)や、馬尾症状(尿閉や尿・便失禁、性機能障害、お尻周りのしびれや火照り)などの症状を呈さない腰痛でのことです。
腰痛は、生涯において成人の約80%が経験するといわれています。そのうちの約85%の腰痛が非特異的腰痛症といわれていますが、これは2001年に発表された論文著者のコメントに基づいています(PMID: 11172169)。つまり、何らかの調査結果に基づいたものではありません。本邦の整形外科専門医による腰痛の原因を詳細に調査した報告によれば、腰痛原因の内訳は椎間関節性22%、筋・筋膜性18%、椎間板性13%、狭窄症11%、椎間板ヘルニア7%、仙腸関節性6%などでした。75%以上で診断が可能であり、診断不明の“非特異的腰痛”は、22%に過ぎないことが示されました(PMID: 27548658、Yamaguchi Low Back Pain Study)。
非特異的腰痛症は、画像診断と症状が一致しないため、原因の特定が難しい腰痛とされています。そのため慢性化しやすく、結果的に難治性となりやすい腰痛とされています。慢性化する原因として、2007年に恐怖-回避モデル(fear-avoidance model)の悪循環が報告されています。これは、痛みの経験に、レントゲンなどの検査画像上の異常所見の過度な強調や、完治することはないなどの強迫観念が加わることで、症状に対して悪い感情を与えていきます。これにより、悲観的な解釈をすることで痛みに対しての不安や恐怖感を助長してしまい、過剰な回避行動をとらせてしまいます。この過剰な回避行動が、身体の機能異常を生じさせたり、抑うつ傾向を強めたりして、さらに痛みに対しての不安や恐怖感を高めてしまいます。
この悪循環を回避・改善するためには、まずは正しい情報を提示していくことが必要となります。正しい情報を提示することで、過剰な不安や恐怖感を取り除き、痛みに対する楽観的な対応(正しい思考や行動)をとれるようになり、回復に向かう経過をたどることができるようになっていきます。
これらのことから、腰痛の治療で大切なことは、初回の介入時に正しい情報と対処方法をいかに指導出来るかということになります。
非特異的腰痛症は基本的に私生活における動作に注意することになります。前述の通り、非特異的腰痛症の原因は主に運動器の不具合による訴えですが、疾病とまでは言えない状態であり、薬物療法の適用にはなりにくいです。さらに恐怖心などの脳機能の不具合が影響していることがあることから、認知行動療法や運動の実施も求められます。
そこで今回は、非特異的腰痛の治療または予防に対するウォーキング/ランニング、サイクリング、水泳の有効性を調査したシステマティック・レビュー・メタ解析の結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
腰痛の予防を評価した試験や急性腰痛症に対処した試験は見当たりませんでした。
19件の試験(2,362例)では、慢性/再発性腰痛症の治療について評価されていました。確実性の低いエビデンスによれば、ウォーキング/ランニングが短期間(8試験;SMD 0.81、95%CI 0.28〜1.34)および中期間(5試験;SMD 0.80、95%CI 0.10〜1.49)における疼痛の軽減において代替介入よりも効果が低いことを示唆しています。確実性の高いエビデンスでは、ウォーキング/ランニングは短期(8試験;SMD 0.22、95%CI 0.06〜0.38)および中期(4試験;SMD 0.28、95%CI 0.05〜0.51)における障害の軽減において代替介入より効果が低いことが示唆されました。
ウォーキング/ランニングによる障害の軽減 (vs. 最小/非介入) | |
短期的な疼痛の軽減 | SMD -0.23、95%CI -0.35 〜 -0.10 |
中期的な疼痛の軽減 | SMD -0.26、95%CI -0.40 〜 -0.13 |
短期間の障害 | SMD -0.19、95%CI -0.33 〜 -0.06 |
短期的な疼痛の軽減(10試験;SMD -0.23、95%CI -0.35 〜 -0.10)および中期的な疼痛の軽減(6試験;SMD -0.26、95%CI -0.40 〜 -0.13)ならびに短期間の障害(7試験;SMD -0.19、95%CI -0.33 〜 -0.06)について最小/非介入と比較してウォーキング/ランニングの方が優勢だという確実性の高いエビデンスが示されました。
試験数が少ないため、サイクリングと水泳に関してはほとんど結論が出ませんでした。
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腰痛には、環境や心理的要因が強く影響していることから、原因の特定が困難であることがあります。非特異的腰痛症は、基本的には原因不明とされることから安易に使用されてきた背景があります。本法の診療ガイドラインには「非特異的腰痛(non-specific low back pain)の安易な使用に注意する」と記載されています(腰痛診療ガイドライン2019)。
さて、本試験結果によれば、ウォーキング/ランニングは、代替介入よりも効果は低いものの、最小/無介入と比較して慢性/再発性腰痛症の治療に対してわずかに効果的であることが示されました。非特異的腰痛症に対しては、過剰な不安や恐怖感を取り除き、痛みに対する楽観的な対応を取れることが重要となります。少なくともウォーキングやランニングにより、疼痛症状が悪化するエビデンスはなさそうですので、定期的に運動を実施し、日常動作における恐怖心を少しでもやわらげた方が良いと考えます。とはいえ、個々の患者に合った運動量が求められます。過度な運動は身体への負担となることから避けた方が良いと考えられます。
✅まとめ✅ ウォーキング/ランニングは、代替介入よりも効果は低いものの、最小/無介入と比較して慢性/再発性腰痛症の治療に対してわずかに効果的であった。
根拠となった試験の抄録
目的:非特異的腰痛の治療または予防に対するウォーキング/ランニング、サイクリング、水泳の有効性を調査すること。
試験デザイン:介入システマティックレビュー。
文献検索:2021年4月までに5つのデータベースを検索した。
研究選択基準:腰痛の治療または予防のためのウォーキング/ランニング、サイクリング、水泳を評価したランダム化対照試験を対象とした。
データの統合:標準化平均差(SMD)および95%信頼区間(CI)を算出した。エビデンスの確実性は、GRADE(Grading of Recommendations Assessment, Development and Evaluation)アプローチで評価した。
結果:腰痛の予防を評価した試験や急性腰痛症に対処した試験はなかった。19件の試験(2,362例)では、慢性/再発性腰痛症の治療について評価されていた。確実性の低いエビデンスは、ウォーキング/ランニングが短期間(8試験;SMD 0.81、95%CI 0.28〜1.34)および中期間(5試験;SMD 0.80、95%CI 0.10〜1.49)における疼痛の軽減において代替介入よりも効果が低いことを示唆している。確実性の高いエビデンスは、歩行/ランニングは短期(8試験;SMD 0.22、95%CI 0.06〜0.38)および中期(4試験;SMD 0.28、95%CI 0.05〜0.51)における障害の軽減において代替介入より効果が低いことを示唆した。短期的な疼痛の軽減(10試験;SMD -0.23、95%CI -0.35 〜 -0.10)および中期(6試験;SMD -0.26、95%CI -0.40 〜 -0.13)ならびに短期間の障害(7試験;SMD -0.19、95%CI -0.33 〜 -0.06)について最小/非介入と比較して歩行/ランニングの方が優勢だという確実性の高いエビデンスが存在することが明らかにされた。試験数が少ないため、サイクリングと水泳に関してはほとんど結論が出なかった。
結論:ウォーキング/ランニングは、代替介入よりも効果は低いものの、慢性/再発性腰痛症の治療において最小/無介入よりもわずかに効果的であった。
キーワード:運動、腰痛、身体活動
引用文献
Walking, Cycling, and Swimming for Nonspecific Low Back Pain: A Systematic Review With Meta-analysis
Natasha C Pocovi et al. PMID: 34783263 DOI: 10.2519/jospt.2022.10612
J Orthop Sports Phys Ther. 2022 Feb;52(2):85-99. doi: 10.2519/jospt.2022.10612. Epub 2021 Nov 16.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34783263/
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