高齢者におけるワルファリンとDOACの安全性評価
高齢者に対する抗凝固療法は、脳梗塞や全身塞栓症の予防を目的として広く行われています。一方で、出血性脳卒中(脳出血)は高齢者で特に重篤なアウトカムをもたらすため、抗凝固薬処方に伴う出血リスク評価は不可欠です。
今回ご紹介する研究は、日本・北海道の約70万人規模の医療保険データを用いて、
「抗凝固薬の処方と出血性脳卒中による入院リスクの関連」
を検証したものです。また、
ワルファリンとDOAC(直接作用型経口抗凝固薬)でリスクが異なるか
も同時に評価しています。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究デザイン | 傾向スコアマッチングを用いた後ろ向きコホート研究 |
| データソース | 北海道の医療保険請求データ |
| 対象者 | 75歳以上の高齢者 717,097人(2016年4月〜2017年3月をベースラインとして受診者) |
| 曝露 | ベースライン期間に抗凝固薬が処方されたかどうか |
| アウトカム | 出血性脳卒中による入院(2017年4月〜2020年3月) |
| 調整因子 | 年齢、性別、自己負担割合、併存疾患、健診受診、要介護認定など |
| 解析方法 | 1:1の傾向スコアマッチング後にハザード比を算出 |
◆結果
1. 抗凝固薬処方の有無で比較した場合
| 指標 | 抗凝固薬あり | 抗凝固薬なし | HR(95%CI) |
|---|---|---|---|
| 出血性脳卒中の発生率(/100万人-月) | 383.2 | 252.2 | 1.64(1.39–1.93) |
➡ 抗凝固薬処方群では出血性脳卒中による入院リスクが有意に高かった。
2. ワルファリン vs DOAC(抗凝固薬単剤処方者 61,556人)
| 比較 | HR(95%CI) |
|---|---|
| ワルファリン vs DOAC | 1.67(1.39–2.01) |
➡ ワルファリンはDOACよりも出血性脳卒中リスクが明確に高い。
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◆考察
本研究の特徴は以下の通りです:
● 日本の高齢者大規模データを用いた外挿性の高い推計
対象者は約71万人と非常に大規模であり、地域医療データを用いた実臨床に近い検証が可能となっています。
● 抗凝固薬全体で出血リスク増大は妥当な結果
抗凝固療法は出血リスクと背中合わせであり、高齢者では特に脳出血の危険性が上昇します。本研究でもその関連が明確に示されました。
● ワルファリンのリスク高さが再確認された
DOACはワルファリンと比較して、脳出血リスクが低いことが過去のRCTでも支持されていますが、本研究においても同様の傾向がリアルワールドデータで再確認されました。
● 観察研究の限界
- 処方理由(適応症)が解析に含まれていない
- INRコントロールの質は評価できない(ワルファリン管理の重要因子)
- 出血リスク因子(血圧・飲酒・薬物相互作用など)の一部は保険データから評価困難
とはいえ、傾向スコアマッチングにより主要な交絡因子を調整しており、高齢者における抗凝固薬使用の「現実の姿」を捉えた研究として価値があります。
臨床的含意
● ワルファリン使用は特に慎重に
- TTR(治療域時間割合)が低い患者
- 高齢者
では、脳出血リスクがより増大すると考えられます。
可能な患者ではDOACへの変更を検討する臨床判断が合理的です。
● DOACも安全ではなく、あくまで“相対的に”安全性が高い
DOAC使用群でも脳出血は一定数発生しており、
- 過度の降圧
- 腎機能管理
- 併用薬(NSAIDs, 抗血小板薬)
の管理が不可欠です。
まとめ
本研究は、日本の高齢者集団において、
抗凝固薬の処方は出血性脳卒中リスクを上昇させる
ことを明確に示しました。
また、
ワルファリンはDOACよりリスクが高い
という点も実臨床データで裏付けられています。
高齢者への抗凝固療法は、脳梗塞の予防と出血リスクの“両立”が重要であり、薬剤選択・管理の質が治療アウトカムに直結することを改めて示す結果といえます。
ただし、観察研究の結果であることから交絡因子が残存しています。本研究結果の外挿は慎重に行った方が良いでしょう。また患者背景やコストを踏まえた臨床判断が求められます。
再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 日本の後ろ向きコホート研究の結果、出血性脳卒中のリスクを最小限に抑えるために、高齢者に抗凝固薬、特にワルファリンを処方する際には慎重に検討する必要があることが示唆された。
根拠となった試験の抄録
背景: 高齢者における抗凝固薬の使用と出血性脳卒中の発症率との関連に関する人口ベース研究は限られている。本研究では、抗凝固薬の処方と出血性脳卒中による入院との関連、そしてこの関連がワルファリンと直接経口抗凝固薬(DOAC)間で異なるかどうかを検証した。
方法: 本研究では、北海道の医療保険請求データを用いた傾向スコアマッチング法を用いた後ろ向きコホート研究を行った。2016年4月から2017年3月(ベースライン期間)に医療を受けた75歳以上の高齢者を対象とした。曝露変数はベースライン期間中の抗凝固薬の処方、アウトカム変数は2017年4月から2020年3月までの出血性脳卒中による入院とした。共変量(年齢、性別、自己負担率、併存疾患、年次健康診断、要介護認定)を調整した1対1マッチングデザインにより、抗凝固薬を処方された患者と処方されなかった患者の入院発生率を比較した。
結果: 717,097人の患者のうち、66,916人(9.3%)に抗凝固薬が処方されていた。傾向スコアマッチング後、抗凝固薬を処方された患者(100万人月あたり383.2人)における出血性脳卒中による入院発生率は、処方されなかった患者(100万人月あたり252.2人)よりも高かった(ハザード比[HR] = 1.64、95%信頼区間[CI]、1.39-1.93)。さらに、1種類の抗凝固薬を処方された患者(n = 61,556)において、マッチング後、ワルファリンを処方された患者は、DOACを処方された患者よりも出血性脳卒中による入院発生率が有意に高かった(HR、1.67、95%信頼区間、1.39-2.01)。
結論: この研究の結果は、出血性脳卒中のリスクを最小限に抑えるために、高齢者に抗凝固薬、特にワルファリンを処方する際には慎重に検討する必要があることを強調しています。
キーワード: 抗凝固薬、出血、高齢者、人口ベースの研究、傾向スコアマッチング
引用文献
The association of anticoagulant use and hospitalization for hemorrhagic stroke among older adults aged 75 or older: A propensity score-matched study
Seigo Mitsutake et al.
Aging Clin Exp Res. 2025 Nov 13;37(1):322. doi: 10.1007/s40520-025-03234-x.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41231328/


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