仕事から離れるほど成果は上がるのに、評価は下がる――最新研究が示す矛盾【心理学 × 働き方】Organizational Behavior and Human Decision Processes 2025
可処分時間の過ごし方と評価制度の矛盾
「仕事以外の時間はしっかり休んだほうが、生産性が上がる」
これは近年の心理学・労働科学研究で広く支持されている結論です。
しかし実際の職場ではどうでしょうか?
- 休暇を取りづらい
- 定時後もメールを返すことが「当然」
- 休日に連絡が来るのが当たり前
このような環境では、従業員が「仕事から心理的に離れる(detachment)」ことが難しくなりがちです。
今回ご紹介するのは、この現象を “detachment paradox(デタッチメント・パラドックス)” と名付け、その実態を16件の研究で徹底検証したものです。
試験結果から明らかになったことは?
■ デタッチメント・パラドックスとは?
論文で提示された新しい概念です。
▼ デタッチメント・パラドックスの定義
- マネジャーは知っている
従業員が「非勤務時間に仕事から離れるほど」
→ ウェルビーイングが高まり、
→ 業務時間中のパフォーマンスが向上すること。 - しかし同じマネジャーは
「仕事から離れる行動」を示した従業員を
→ 昇進させにくい
→ コミットメントが低いと評価しやすい。
▶ 簡単に言えば:
休むほど成果は上がるのに、休むほど評価は下がる。
■ 研究概要(16研究の横断的プロジェクト)
| 内容 | 概要 |
|---|---|
| 研究数 | 16研究(多様な方法を使用) |
| 参加者 | 経験豊富なマネジャー、一般従業員、大学生、実際の管理職など、多様なサンプル |
| 調査対象の行動 | ・アウトオフィスメール設定 ・有給休暇申請 ・定時退社 ・家族看護のための休暇 など |
| 評価指標 | ・昇進可能性(promotability) ・業績評価 ・コミットメントの推論 |
| アプローチ | 実験、シナリオ研究、フィールド調査など |
全体として、研究デザインは頑健で、「休みをとる従業員が不当に低評価されやすい傾向」を繰り返し示しています。
■ 主な結果
1)マネジャーは「休んだほうが良い」と理解している
研究の多くで、マネジャーは次の認識を持っていました:
- 仕事から離れることでストレス軽減
- 健康維持に有効
- 業務時間中の集中力・生産性が向上
つまり、「デタッチメントのメリット」は理解されています。
2)しかし、デタッチする従業員は昇進評価が下がる
研究では以下の行動が「ネガティブ評価」を受ける傾向がありました:
- 自動返信で「休暇中」と知らせる
- 有給を頻繁に使用する
- 非勤務時間に連絡がつかない
- 定時後の業務を拒否する
これらの行動は、マネジャーに
「仕事にコミットしていない」
「意欲が低い」
という推論を引き起こし、昇進の可能性(promotability)に悪影響をもたらすことが明らかになりました。
3)「正当な理由のあるデタッチ」でも評価は下がる
驚くべき点として、以下のような“やむを得ない理由”があっても評価は下がりました:
- 家族の看護
- 子どものケア
- 体調不良の回復目的
つまり、理由が “善意に基づくもの” であっても、デタッチメントが昇進評価に影響する傾向は消えませんでした。
4)ただし「仕事へのコミットメントを示す理由」がある場合はペナルティが軽減
研究では次のような場合、低評価の度合いが弱いことがわかりました:
- 夜間の勉強や資格取得のための休暇
- 別プロジェクトの準備のための休暇
- 長期的キャリア成長につながる理由
つまり、
「離れていても仕事に前向きな姿勢がある」
と推測できれば、ペナルティが和らぎます。
5)会社として「デタッチを認める制度」があるとペナルティは減少する
論文では、
公式なデタッチメント・ポリシー(例:週末メール禁止、勤務時間外の応答義務なし)
を設定すると、デタッチメントに対する評価のバイアスが弱まるという初期的なエビデンスも示されました。
制度があることで、心理的にも
- 「この行動は許されている」
- 「会社として推奨されている」
と認識され、マネジャー側の“コミットメント推論”が変わるためと考えられます。
■ まとめ:休むことは良い。しかし評価は下がる ― この矛盾をどう解消するか
本研究の結論はシンプルです:
✔ 従業員が仕事から適切に離れる(detachment)ことは健康とパフォーマンスに良い
✔ しかし組織内評価(昇進可能性)は下がりやすい
これは個人と組織の双方に影響を与える重大な課題です。
■ この研究が示す実践的示唆
組織向け
- 勤務時間外の連絡禁止ルールを導入する
- デタッチメントを「推奨」する文化をつくる
- 管理職研修で「コミットメント推論バイアス」を教育する
個人向け
- デタッチ行動の理由を「長期的キャリア・仕事能力」に結びつけて説明すると評価低下を防ぎやすい
- チーム内で「離れる時間」と「つながる時間」を明確化する
- 休暇取得時には「責任感・計画性」を示すことで誤解リスクを低減できる
コメント
■ 最後に
“働き方改革”を掲げても、実態としては「休むと評価が下がる」文化が残っている職場は多く存在します。本研究は、その問題を科学的に示し、解決へ向けたヒントを提供する貴重な知見です。
適切なデタッチメントが、
労働者の健康と、組織の持続的な生産性向上の両方を支える
未来の働き方の鍵になるかもしれません。
国や地域、職種等で異なるのか、更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 仕事から心理的に離れる(detachment)場合、その理由により人事評価が変化する可能性が示唆された。組織ルールを設定することで、マイナス評価されにくい環境になる可能性も示された。
根拠となった試験の抄録
本研究は「“detachment paradox” (デタッチメント・パラドックス) 」と呼ぶものを確立する。管理職は、勤務時間外における仕事からの心理的な離脱が従業員の幸福に有益であり、ひいては勤務時間中のパフォーマンスを向上させることを認識している。しかしながら、これらの管理職は、昇進性を評価する際に、仕事から離れているとみなされる従業員をペナルティとして扱う。16件の研究において、様々な手法を用いて、このパラドックスの存在と限界を検証する。デタッチメント・パラドックスは、経験豊富な管理職から一般の従業員まで、様々なサンプルにおいて、一般的に用いられるデタッチメント戦略(例:不在通知メール、休暇申請)、仮想的な従業員、そして管理職自身の従業員、さらにはデタッチメント戦略が高潔な理由(例:病気の親族の世話)で用いられる場合にも観察される。さらに、これらの研究は、仕事へのコミットメントに関する推論が、関連するデタッチメント・ペナルティを左右することを明確に示している。したがって、仕事へのコミットメントを示す理由でデタッチメント戦略が用いられる場合、従業員へのペナルティは軽減される。最後に、正式な分離ポリシー(週末にメールを送らないなど)を実施することで分離ペナルティが軽減される可能性があるという初期の証拠を示し、この重要なトピックに関する今後の研究を呼びかけます。
引用文献
The detachment paradox: Employers recognize the benefits of detachment for employee well-being and performance, yet penalize it in employee evaluations
Eva C. Buechel et al. https://doi.org/10.1016/j.obhdp.2025.104403
Organizational Behavior and Human Decision Processes 2025
ー 続きを読む https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0749597825000159

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