HPVワクチンの効果は?
ヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは、子宮頸がん予防のために広く使用されてきましたが、それ以外のがんに対する予防効果については、これまであまり明らかにされてきませんでした。
本研究は、世界的な大規模電子カルテネットワーク(TriNetX)を用いた後ろ向きコホート研究であり、HPVワクチン接種が全身のがん(頭頸部・血液・神経・消化器・肛門・泌尿器など)や全死亡率に及ぼす影響を20年スパンで評価したものです。
試験結果から明らかになったことは?
研究デザイン
- 多国籍後ろ向きコホート研究
- データソース:TriNetX国際電子カルテネットワーク(リアルワールドデータ)
- HPVワクチン接種者(8歳以上で初回接種)と未接種者を傾向スコアマッチング
- フォローアップ期間:8年間および20年間
主要評価項目
- 各種がん(部位別):
・頭頸部(下咽頭、喉頭、口腔)
・消化器(直腸、肛門)
・泌尿生殖器(前立腺など)
・血液(白血病)
・神経系腫瘍 - 全死亡率(all-cause mortality)
解析方法
- Kaplan-Meier法による生存率推定
- ハザード比(HR)と95%信頼区間(CI)による比較評価
【結果】
■ HPVワクチン接種によるがんリスク低下
がんの種類 | 8年HR(95%CI) | p値 | 20年HR(95%CI) | p値 |
---|---|---|---|---|
下咽頭がん・喉頭がん | 0.19(0.057–0.631) | 0.0025 | 0.227(0.067–0.764) | 0.0092 |
白血病(血液がん) | 0.461 | 0.0035 | 0.443 | 0.0019 |
全死亡率 | 0.543 | <0.0001 | 0.536 | <0.0001 |
※HRが1未満であることは「ワクチン接種群での発症・死亡リスクが低い」ことを示す。
■ 効果がみられなかったがん種(有意差なし)
- 直腸がん
- 肛門がん
- 口腔がん
- 前立腺がん
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◆臨床的意義
本研究は、HPVワクチンが子宮頸がん以外にも予防効果を持つ可能性を大規模データから支持した注目すべき研究です。
特に、下咽頭・喉頭がん、白血病において有意なリスク低下が観察されたことは、これまでの知見を超えた新たな示唆を与えます。
また、全死亡率が約半減したという結果は、がん以外の疾患への影響や、ヘルスコンシャスな行動様式(健康意識の高い集団特性)も関与している可能性がありますが、それでも注目に値するエビデンスといえます。
◆試験の限界
- 因果関係を証明する研究デザインではない(後ろ向き観察研究)。
- HPVワクチンの種類(2価/4価/9価)や接種回数、接種時年齢、性別による効果差は不明。
- ワクチン接種者と非接種者の間に、健康行動・医療アクセスの違いが存在する可能性(残余交絡)。
- 神経系腫瘍についての詳細なデータや診断精度は限定的。
- がん検診の受診頻度や、背景因子のバイアス(例:教育歴・収入・ライフスタイル)は調整しきれていない可能性がある。
◆今後の検討課題
- ワクチンの種類・接種タイミング・性別ごとのサブグループ解析による効果の精緻化。
- HPVワクチンによる血液・神経組織における発がん抑制メカニズムの解明(基礎研究)。
- がん検診やライフスタイルなど非介入因子の影響評価。
- RCTや前向きコホートによる再検証と、公衆衛生政策への反映。
様々な研究報告により、HPVワクチンは子宮頸がん以外にも予防効果を有することが報告されています。また男性特有の癌腫にも有効であることも報告されています。
日本において、ことさら副作用が取り上げられ、定期接種が見送られたこともありましたが、ここまでの研究結果を踏まえると接種することの益が大きいと考えられます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 国際共同後ろ向きコホート研究の結果、上皮性悪性腫瘍以外にも、HPVワクチン接種は全身性癌の予防効果をもたらす可能性があり、特に血液組織、そしておそらくは神経組織においてもその効果が期待される。
根拠となった試験の抄録
背景:HPVワクチン接種は子宮頸がん予防に有効性が確立されているものの、その広範な腫瘍学的効果については未だ十分に解明されていません。新たなエビデンスは、子宮頸部以外の悪性腫瘍に対する潜在的な予防効果を示唆していますが、包括的な長期データは限られています。
方法:TriNetXネットワークの電子カルテを用いて、国際共同の後ろ向きコホート研究を実施しました。8歳以上でHPVワクチン接種を受けた個人を、未接種の対照群と傾向スコアマッチングしました。
アウトカムには、頭頸部、消化管、肛門性器、神経系、および血液系における悪性腫瘍の発生率、ならびに全死亡率が含まれており、8年および20年の追跡期間にわたって評価されました。カプランマイヤー生存分析とハザード比(HR)が用いられました。
結果:HPVワクチン接種は、下咽頭がんおよび喉頭がん(8年HR 0.19、95%CI 0.057~0.631; p=0.0025、20年HR 0.227、95%CI 0.067~0.764; p=0.0092)および白血病(8年HR 0.461; p=0.0035、20年HR 0.443; p=0.0019)のリスクの有意な低下と関連していた。直腸がん、肛門がん、口腔がん、および前立腺がんについては、有意な予防効果は認められなかった。ワクチン接種を受けた個人では、全死亡率がほぼ半減しました(8年HR 0.543、20年HR 0.536、いずれもp<0.0001)。
考察:上皮性悪性腫瘍以外にも、HPVワクチン接種は全身性癌の予防効果をもたらす可能性があり、特に血液組織、そしておそらくは神経組織においてもその効果が期待されます。これらの知見は、HPVワクチン接種がこれまで認識されていたよりも広範な生物学的影響を及ぼすことを示唆しており、HPVの発癌経路を解明するメカニズム研究の必要性を強調しています。これらの結果が検証されれば、ワクチン接種戦略の拡大が促進され、より広範な適応症とより広範な人口層への接種が可能となる可能性があります。
キーワード: がん予防、HPV ワクチン接種、造血悪性腫瘍、腫瘍形成ウイルス、ワクチン政策
引用文献
HPV vaccination and malignancy risks beyond cervical cancer: A retrospective global cohort study
Christian Seebauer et al. PMID: 40653128 DOI: 10.1016/j.phrs.2025.107851
Pharmacol Res. 2025 Jul 11:218:107851. doi: 10.1016/j.phrs.2025.107851. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40653128/
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