プロトンポンプ阻害薬の併用による末梢神経障害リスクの低減効果は?
大腸がんや膵がんなどの治療に広く用いられる抗がん剤「オキサリプラチン(oxaliplatin)」。しかし、その大きな課題の一つが末梢神経障害(OIPN)による治療中断です。治療継続が難しくなると、有効性の低下や予後への影響も懸念されます。
今回ご紹介するのは、プロトンポンプ阻害薬(PPI)の併用がこの問題に影響するかどうかを検討した後ろ向き研究です。動物実験ではPPIのOIPN抑制効果が報告されており、その臨床的意義を検証した初の大規模データが示されました。
試験結果から明らかになったことは?
オキサリプラチンはフルオロウラシル(5-FU)などと組み合わせて使用される白金系抗がん薬で、累積投与量に依存した慢性的な末梢神経障害が問題となります。この毒性は用量制限因子となり、治療の継続を妨げる重要な副作用です。
現時点でヒトにおける有効な予防薬は確立しておらず、各種ガイドラインでもデュロキセチンが機械的アロディニアに対して弱く推奨される程度に留まっています。
一方、PPIには抗酸化作用や薬物トランスポーター阻害など、胃酸分泌抑制以外の作用も報告されており、OIPN発症に関わるOCT2(有機カチオントランスポーター2)抑制を介した神経保護作用の可能性が示唆されています。
◆研究概要
項目 | 内容 |
---|---|
研究デザイン | 後ろ向きコホート研究 |
対象 | 九州大学病院で2009〜2019年にオキサリプラチン治療を開始した18歳以上の患者(糖尿病患者は除外) |
解析対象 | 1015例(PPI併用群205例、非併用群810例) |
PPI | オメプラゾール、エソメプラゾール、ラベプラゾール、ランソプラゾール(いずれも内服薬) |
主要評価項目 | OIPNによるオキサリプラチン中止 |
副次評価項目 | OIPN発症、Grade 2以上・3以上のOIPN、OIPNによる減量など |
解析方法 | Kaplan-Meier解析、log-rank検定、Cox比例ハザードモデル、傾向スコアマッチング(PSM) |
◆試験結果
主要評価項目:OIPNによるオキサリプラチン中止
解析方法 | PPI併用による調整HR (95%CI) | p値 |
---|---|---|
PSM前 | 0.568(0.344–0.937) | 0.0269 |
PSM後 | 0.478(0.273–0.836) | 0.0096 |
PPI継続率 ≥60% サブ解析 | 0.378(0.188–0.759) | 0.0062 |
DM含む解析 | 0.630(0.401–0.991) | 0.0455 |
◆副次評価項目
評価項目 | PPI群での結果 |
---|---|
OIPN発症(全グレード)※PSM前 | 有意に低下(p=0.0009) |
OIPN ≥ Grade 3 ※PSM後 | 有意に低下(p=0.0299) |
OIPN ≥ Grade 2 ※PSM後 | 有意差なし(p=0.3476) |
OIPNによる減量 ※PSM後 | 有意傾向(p=0.0575) |
◆試験の限界
本研究にはいくつかの制約があります:
- 単施設・後ろ向き研究であり、投与継続や用量などの詳細な追跡が困難。
- PPIの投与中断・開始のタイミングが完全には把握できていない可能性がある。
- CYP2C19遺伝子型など代謝酵素の個人差は考慮されていない。
- PPI長期使用による感染症・骨折・吸収障害などのリスクは解析対象外。
- 一部レジメン(特にCAPOX)では有意差がみられず、薬物相互作用の可能性も指摘されている。
◆今後の検討課題
- 多施設・前向き研究による外的妥当性の検証
- 神経障害評価法の標準化と長期的な転帰の追跡
- OCT2阻害・抗酸化作用といった機序の詳細な解明
- 薬物相互作用・副作用リスクを考慮した投与設計
- CAPOXレジメンにおける効果の再評価と投与指針の検討
◆まとめ
本研究は、PPIの併用がOIPNによるオキサリプラチン中止のリスクを低減させる可能性を示した後ろ向きコホート研究です。とくに傾向スコアマッチング後でも有意な効果が確認されており、治療継続性の向上につながる可能性が示唆されました。
一方で、CAPOX併用例では効果が確認されず、相互作用や副作用のリスクにも注意が必要です。現時点ではエビデンスレベルは限定的であり、今後の前向き大規模研究の結果が待たれます。
そもそも多くの患者でH2受容体遮断薬やプロトンポンプ阻害薬が併用されます。そのため、後ろ向き研究では調整しきれない多くのバイアスが残存しています。より大規模な前向き研究での再現性検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 単施設の後方視的コホート研究の結果、オキサリプラチンを投与されている患者において、PPI併用により末梢神経障害によるオキサリプラチン投与中止が減少する可能性が示唆された。
根拠となった試験の抄録
背景: オキサリプラチン誘発性末梢神経障害(OIPN)は、化学療法の中止につながるため、大きな臨床的課題となっている。プロトンポンプ阻害剤(PPI)であるオメプラゾールは、ラットモデルにおいてOIPNを予防することが示されている。そこで、PPIとの併用がOIPNによるオキサリプラチンの中止を減少させるかどうかを検証することを目的とした。
方法: 本後ろ向き研究では、オキサリプラチンによる治療を開始した1,015名の患者データを用いて、2つのコホート(PPI群と非PPI群)を評価した。
主要評価項目は、OIPNによるオキサリプラチン投与中止とした。累積投与量についてカプラン・マイヤー曲線を作成し、ログランク検定およびCox比例ハザード分析を用いて評価した。
結果: ログランク検定の結果、OIPNによりオキサリプラチンを中止した患者数はPPI群で有意に少なかった(p=0.0264)。Cox比例ハザード分析では、これまでに神経障害に影響を与える可能性があると報告されている因子(性別、年齢、PPI、カルシウム拮抗薬、オピオイドおよび補助鎮痛薬の使用、CAPOX(カペシタビン+オキサリプラチン)療法)を組み込んで解析した。解析の結果、PPIの併用がオキサリプラチンの中止を減少させる因子であることが示唆された(調整ハザード比[HR] 0.568、95%信頼区間[CI] 0.344-0.937、p=0.0269)。2群間で一部の患者属性に有意差が認められたため、傾向スコアマッチングを行って患者属性を整合させ、再解析を行った。傾向スコアマッチング後、上記と同じ分析で、PPI群ではOIPNによるオキサリプラチンの中止が有意に少ないことが示されました(p=0.0081)。また、Cox 比例ハザード分析では、PPIの使用がOIPNによるオキサリプラチンの中止を有意に減らす要因であることが示されました(調整HR 0.478、95%CI 0.273-0.836、p=0.0096)。
結論: これらの結果は、オキサリプラチンを投与されている患者において、PPI併用によりOIPNによるオキサリプラチン投与中止が減少する可能性があることを示唆している。
キーワード: 薬物再配置、オキサリプラチン、末梢神経損傷、プロトンポンプ阻害剤、回顧的研究
引用文献
Proton pump inhibitor concomitant use to prevent oxaliplatin-induced peripheral neuropathy: Clinical retrospective cohort study
Keisuke Mine et al.
Pharmacotherapy. 2025 Jul;45(7):435-447. doi: 10.1002/phar.70028. Epub 2025 May 10.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40347077/
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