薬剤性の嚥下障害リスクと誤嚥性肺炎との関連性は?
高齢者に多い嚥下障害(oropharyngeal dysphagia:OD)は、誤嚥性肺炎(aspiration pneumonia:AP)の重要なリスク因子です。嚥下障害は脳卒中やパーキンソン病などの疾患だけでなく、薬剤性でも生じることがあります。
しかし「どの薬がどの程度、嚥下障害を起こしやすいのか」について、これまで体系的に調べた研究は限られていました。
そこで今回は、日本の添付文書と医療ビッグデータを用いて、嚥下障害を起こしやすい薬(CDID: candidate dysphagia-inducing drugs)を網羅的に解析した研究結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
◆背景
嚥下障害は、錠剤やカプセルの誤嚥・咽頭筋の麻痺・中枢性抑制・唾液分泌低下など、薬理作用や副作用によって誘発されることがあります。特に、高齢者や多剤併用患者ではリスクが高く、薬剤性嚥下障害の見逃しは誤嚥性肺炎につながる重大な問題です。
◆研究概要
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究目的 | 添付文書情報に基づき、嚥下障害を起こす可能性のある薬剤(CDID)を特定し、発生率および誤嚥性肺炎(AP)のリスク要因を解析する |
| データソース | 日本の医薬品添付文書・JammNet保険データベース |
| 対象患者数 | 24,276例(CDID服用者) |
| 主要評価項目 | 嚥下障害(OD)および誤嚥性肺炎(AP)の発生率 |
| 解析手法 | ロジスティック回帰分析による関連因子の抽出 |
◆結果◆
1. 嚥下障害を起こしやすい薬剤(CDID)一覧
| 結果の概要 | 内容 |
|---|---|
| CDIDの総数 | 54成分 |
| OD発症率 | 0.6%(146/24,276例) |
| AP発症率 | 0.3%(76/24,276例) |
| OD併発AP | 23例(AP症例の30%) |
| ODまたはAP発生薬剤 | 28成分(全体の52%) |
| 発生率が1%以上の薬剤 | 13成分 |
| 多剤CDID併用時のリスク | 単剤より有意に高い(p<0.05) |
2. 嚥下障害・誤嚥性肺炎の発生が多かった薬剤(上位5成分)
| 順位 | 成分名 | 特徴 |
|---|---|---|
| 1 | クロバザム(Clobazam) | 抗てんかん薬、鎮静作用による筋緊張低下が関与か |
| 2 | バクロフェン(Baclofen) | 筋弛緩薬、嚥下反射抑制や喉頭麻痺の報告あり |
| 3 | ゾニサミド(Zonisamide) | 抗てんかん薬、意識低下や運動協調障害を介する可能性 |
| 4 | チアプリド塩酸塩(Tiapride) | 抗精神病薬、錐体外路症状による嚥下障害が考えられる |
| 5 | トピラマート(Topiramate) | 抗てんかん薬、構語障害・脱力など中枢抑制が関与 |
3. 誤嚥性肺炎(AP)のリスク因子(ロジスティック回帰分析)
| 因子 | 結果 |
|---|---|
| 性別 | 男性で有意に高い |
| 年齢 | 後期高齢者で有意に高い |
| 嚥下障害(OD)の診断 | AP発生と強く関連 |
| 便秘の併発 | 有意なリスク因子(p<0.05) |
➡ 特に高齢男性で嚥下障害を合併している場合、誤嚥性肺炎の発症リスクが高まることが明確に示されました。
◆試験の限界
- 添付文書に「嚥下障害」が記載された薬剤のみ対象であり、記載のない薬剤に潜在的リスクが存在する可能性。
- 保険データにおいては診断精度(誤分類)の影響を受ける可能性あり。
- 投与期間・用量・併用薬などの詳細な曝露データは考慮されていない。
- 因果関係を直接示すものではなく、関連性を示唆する観察的結果に留まる。
◆今後の課題と臨床的示唆
- 薬剤性嚥下障害の早期発見とモニタリング体制の確立が必要。
- 特に、抗てんかん薬・筋弛緩薬・抗精神病薬などの中枢抑制系薬剤に注意。
- 嚥下リハビリテーションとの連携や、嚥下評価(VF・VE)を含む多職種管理が重要。
- 高齢男性・便秘合併患者では誤嚥リスクがさらに増大するため、薬剤選択時に慎重な判断が求められる。
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◆まとめ
この研究は、日本の添付文書と大規模保険データを用いて、嚥下障害および誤嚥性肺炎の発生に関与する薬剤を網羅的に明らかにした初の解析です。
とくに次の3点が臨床的に重要です:
- 54成分のうち28成分で嚥下障害または誤嚥性肺炎が発生
- クロバザム・バクロフェン・ゾニサミドなどが高リスク薬剤
- 高齢男性・多剤併用・便秘合併例では発症リスクが上昇
薬剤師としては、これらのリスクを意識し「嚥下機能への副作用」もモニタリング項目に加えることが重要かもしれません。再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
全体の発生率は低いものの、どのような患者で発生しやすいのか、薬剤使用だけでなく患者背景の把握も求められるでしょう。
続報に期待。

✅まとめ✅ 日本のデータベース研究の結果、特に高齢男性患者の場合、嚥下障害誘発薬を処方する際には誤嚥性肺炎リスクに細心の注意を払う必要があることが示唆された。
根拠となった試験の抄録
背景と目的: 口腔咽頭嚥下障害(OD)は、飲食物の嚥下機能障害であり、様々な疾患や薬物の副作用によって引き起こされることがあります。ODは誤嚥性肺炎(AP)の危険因子です。しかし、ODを引き起こす特定の薬剤とその発症率は十分に解明されていません。本研究は、添付文書の情報に基づき、ODに関連する薬剤、その発症率、そしてこれらの薬剤を服用している患者における誤嚥性肺炎の危険因子を特定することを目的としました。
方法: 本研究では、ODを副作用として記載している日本の添付文書から、嚥下障害誘発薬(CDID)の候補を特定した。CDIDを服用している患者の年齢、性別、服用薬剤、および併存疾患は、JammNet株式会社(東京)から購入したJammNet保険データベースを用いて分析した。
結果: 全体で54の成分がCDIDとして特定されました。CDIDを服用している24,276人の患者のうち、146人 (0.6%) がOD、76人 (0.3%) がAPと診断された。APと診断された人のうち、23人 (30%) はODも発症していた。対象54成分のうち28人 (52%) を服用している患者でODまたはAPが発生した。また、13成分でどちらかの状態の副作用発生率が1%以上でした。各診断で発生率が最も高かった上位5つのCDIDは、クロバザム、バクロフェン、ゾニサミド、塩酸チアプリド、およびトピラマートでした。ODおよびAPの発生率は、単一の薬剤よりも複数のCDIDで有意に高かった (p<0.05)。ロジスティック回帰分析では、AP の発生は男性、後期高齢者、OD の診断、および便秘と有意に関連していることが示されました。
結論: この研究の結果は、特に高齢男性患者の場合、CDIDを処方する際にはAPのリスクに細心の注意を払う必要があることを示唆しています。
引用文献
Use of Dysphagia-Inducing Drugs and Risk of Aspiration Pneumonia: A Cross-Sectional Analysis Using a Japanese Claims Database
Naoko Hayashi et al. PMID: 40973856 DOI: 10.1007/s40801-025-00517-7
Drugs Real World Outcomes. 2025 Sep 19. doi: 10.1007/s40801-025-00517-7. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40973856/

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