診療ガイドラインでは中止が推奨されているが、、、
関節リウマチ(RA)や膠原病といった炎症性リウマチ性疾患(IRD)の治療では、免疫調整薬(immunomodulatory agents: IA)が欠かせません。
しかし、感染症を合併した場合に治療を一時中断すべきか、それとも継続すべきかについては、臨床現場で常に悩まれる重要な課題です。
多くの診療ガイドラインにおいて「感染時はIAを一時中止する」ことを推奨していますが、その科学的根拠は十分とはいえません。
そこで今回は、この疑問に正面から取り組んだ大規模ランダム化比較試験(RCT)の結果をご紹介します。
試験結果から明らかになったことは?
◆背景
免疫調整薬(DMARDs、生物学的製剤、JAK阻害薬など)は、免疫反応を抑制することで疾患活動性を抑える一方、感染症リスクを増加させる可能性があります。そのため多くの臨床現場では、感染時に一時中断する「慎重戦略」が採用されています。
事実、日本の診療ガイドラインにおいても、中止するよう推奨する記載が散見されます(詳細はブログ下部に記載)。
しかし、薬剤中止によって疾患の再燃や炎症制御の破綻を招く可能性もあり「中止によるリスク」と「継続によるリスク」のバランスについては十分なエビデンスが存在していませんでした。
◆研究概要
項目 | 内容 |
---|---|
研究デザイン | 多施設・オープンラベル・ランダム化比較試験 |
登録番号 | Dutch Trial Register: NL8922 |
対象 | 感染のない状態でIA治療中の炎症性リウマチ性疾患(IRD)患者 |
介入 | 初回の臨床的に関連のある感染発症時にIAを「継続」または「一時中断」 |
ランダム化 | 1:1(継続群 vs. 中断群) |
主要評価項目 | 重篤な感染(入院または静注治療を要する感染)の発生率 |
解析集団 | mITT解析(初回感染を経験した患者) |
副次解析 | Complier Average Causal Effect(CACE)解析(実際の治療遵守を考慮) |
◆試験結果(表)
◆主要評価項目:重篤な感染の発生率(mITT解析)
群 | 重篤感染例 / 総数 | 発生率 (%) | 調整後リスク差 (95%CI) |
---|---|---|---|
一時中断群 (n=233) | 12 | 5.15% | +1.71% (-1.99 ~ 5.39) |
継続群 (n=241) | 9 | 3.73% | 参照 |
➡ 重篤感染の発生率に有意な差は認められず。
◆副次解析:CACE解析(実際の遵守を考慮)
群 | リスク差 (95%CI) |
---|---|
継続 vs. 中断 | -4.51% (-16.34 ~ 7.32) |
➡ 実際の治療遵守を考慮した解析でも、継続の方がやや有利な傾向がみられましたが、統計的有意差はなし。
◆試験の限界
- 感染発症後にIAを継続した症例数が限られており、統計的検出力が低い可能性がある。
- 感染の重症度や部位、使用薬剤(生物学的製剤・JAK阻害薬など)の種類ごとの詳細解析は行われていない。
- オープンラベル試験のため、治療選択や入院判断にバイアスが介入した可能性がある。
◆今後の検討課題
- 感染の種類・重症度別における継続・中断の最適戦略の検討
- 免疫調整薬のクラス別・剤別によるリスク差の評価
- 長期転帰(疾患活動性の再燃、感染再発率など)の解析
◆まとめ
本RCTの結果は、感染時に免疫調整薬を中止するかどうかの臨床判断に重要な示唆を与えます:
- 重篤感染のリスクは「中断群」と「継続群」で有意差なし(5.15% vs. 3.73%)
- 実際の治療遵守を考慮した解析でも、継続の方が不利になる証拠はなかった
- 現時点のエビデンスからは、「軽〜中等度の感染では継続も選択肢となり得る」可能性が示唆される
ただし、症例数や検出力の限界から結論は暫定的であり、疾患活動性・感染の重症度・使用薬剤などを総合的に考慮した個別判断が必要です。
再現性の確認を含めて更なる検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 非盲検ランダム化比較試験の結果、炎症性リウマチ性疾患患者において、免疫調整薬のの一時中断と継続は感染症のリスクと転帰に同程度をもたらすことが示唆された。
根拠となった試験の抄録
背景: 免疫調節薬(Immunomodulatory agents, IA)は炎症性リウマチ性疾患(inflammatory rheumatic diseases, IRD)の治療に広く用いられています。ガイドラインでは感染症の際にはIAの一時中断が推奨されていますが、このアプローチを支持するエビデンスは限られており、継続投与は同等に安全であり、場合によってはより好ましい場合もあります。本研究の目的は、これら2つの治療戦略を比較することです。
方法: 大規模な多施設共同、非盲検、無作為化比較試験 (Dutch Trial Register (NL8922)) を実施し、IAを受けている感染のないIRD患者を、臨床的に関連する最初の感染症を経験したときにIA治療を継続するか、一時的に中断するかに1:1で無作為に割り当てました。
主要評価項目は、Cochran-Mantel-Haenszel 法を使用して修正治療意図 (mITT) 集団で分析された重篤な感染症 (入院または静脈内治療を必要とする) の患者の割合でした。mITT 集団には、追跡調査中に臨床的に関連する感染症を経験したすべての患者が含まれていました。二次分析には、非遵守を考慮するためのComplier Average Causal Effect (CACE) モデルが含まれていました。
結果: 登録された1,142名の患者(追跡期間1,667患者年)のうち、474名が臨床的に重要な感染症を発症した(mITT集団)。重篤な感染症は、中断群では233名中12名(5.15%)、継続群では241名中9名(3.73%)に発生し、調整リスク差は1.71%(95%信頼区間 -1.99~5.39)であった。CACE解析では、継続群のリスク差は4.51(95%信頼区間 -7.32~16.34)であった。
結論: これらの知見は、IRD患者において、IAの一時中断と継続は感染症のリスクと転帰に同程度をもたらすことを示唆している。本研究は統計的検出力が低いという限界があるものの、感染症発生中のIA継続は安全であることを示唆している。
キーワード: 免疫調節剤、感染症、炎症性リウマチ性疾患、ランダム化比較試験
引用文献
Continuation versus temporary interruption of immunomodulatory agents during infections in patients with inflammatory rheumatic diseases: a randomized controlled trial
Merel A A Opdam et al. PMID: 40796336 DOI: 10.1093/cid/ciaf442
Clin Infect Dis. 2025 Aug 12:ciaf442. doi: 10.1093/cid/ciaf442. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40796336/
診療ガイドライン等の記載
1) 免疫調整薬(IA:bDMARD/tsDMARD 等)と「感染時」の扱い
- 発熱・咳・呼吸困難など感染が疑われる場合は、評価がつくまで「生物学的製剤・JAK阻害薬は一旦中止」**とするフローチャートが日本リウマチ学会(JCR)の公式手引きに掲載。結核・PCP・薬剤性肺障害等を鑑別のうえ、陽性・重症なら休薬/治療を優先する運用。一般社団法人日本リウマチ学会(2024.7.7)
- 重症感染(入院・静注治療が必要等)を発症した場合は、JAK阻害薬は「感染がコントロールされるまで中断」(海外規制文書だが日本の適正使用でも踏襲される一般原則)。ゼルヤンツ欧州添付文書
まとめ:重症・活動性の感染なら中止/延期が原則、軽症疑い時も一旦中止して評価するのがJCRの実務フローです。
2) 帯状疱疹(HZ)発症時の対応
- 診療の基本は「早期の抗ウイルス治療」。免疫抑制下・重症例(播種性、眼・中枢合併、全身状態不良)では入院のうえ静注アシクロビルを含む強化治療を推奨(日本皮膚科学会ガイドライン2025)。帯状疱疹診療ガイドライン2025
- 予防では、不活化(サブユニット)帯状疱疹ワクチンの活用が周知されており、生ワクチンは免疫抑制中は原則禁忌(厚生労働省ファクトシート等)。帯状疱疹ファクトシート第2版
まとめ:重症HZ=IA中止(感染コントロールまで)+入院静注が妥当。軽症限局症例では抗ウイルスを速やかに開始し、薬剤の種類と全身状態で個別判断。
3) メトトレキサート(MTX)に関する記載
- RAにおけるMTXの基本指針(JCR 2023アップデート):近年の日本版ガイダンス(英訳抄録)では、MTXの適正使用と安全管理が整理されており、感染リスク管理やワクチン対応を含む実務要点が示される。個別場面の細則は各薬剤手引き・添付文書に準拠。Modern Rheumatology, 34, 2024, 1-10
- 感染時の一般原則:重症感染は禁忌/中止(MTXに限らずDMARD全般の共通原則としてJCR資料でも注意喚起)。軽症感染についての一律規定はなく、全身状態・原病活動性・合併症で個別判断。一般社団法人日本リウマチ学会(2024.7.7)
- ワクチン:生ワクチンは免疫抑制中は接種しない、肺炎球菌・インフルエンザ等の不活化ワクチンは推奨という整理がJCR関連資料に明記(製薬企業転載のJCR改訂要点資料等も同旨)。関節リウマチ診療ガイドライン2024改訂
まとめ:MTXは重症感染では中止が原則。軽症時は個別判断、ワクチンは不活化を基本にという実務ラインです。
参考リンク(一次資料)
- JCR「TNF阻害薬 使用の手引き(2024年改訂)」:感染疑い時の一時中止フローを含む実務図表。一般社団法人日本リウマチ学会(2024.7.7)
- JCR「MTX使用ガイダンス 2023アップデート(英訳抄)」Modern Rheumatology:MTXの安全管理・併用・ワクチンを含む。Modern Rheumatology, 34, 2024, 1-10
- 日本皮膚科学会『帯状疱疹診療ガイドライン2025』:重症例の静注治療、診断・治療の標準。帯状疱疹診療ガイドライン2025
- 厚生労働省『帯状疱疹ワクチン・ファクトシート(第2版)』:ワクチンの種類と適応。帯状疱疹ファクトシート第2版
- (参考)トファシチニブ製品情報(EMA等):重症感染時の一時中断の明記。ゼルヤンツ欧州添付文書
まとめ:実務に落とし込むと
- 重症/活動性の感染(帯状疱疹の播種・眼/中枢合併含む):IA/MTXは中止+原因検索・治療を優先。
- 軽症疑い(上気道炎程度・限局HZ 等):抗ウイルス/抗菌を速やかに、一旦中止して評価 or 継続可否は個別判断(薬剤特性・原病悪化リスクで調整)。
- 予防:不活化ワクチン(RZVなど)活用、生ワクチンは免疫抑制下で禁忌。
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