調剤薬局で患者が求めることとは?
医薬分業の進展とともに、保険薬局は「薬を渡す場所」から「患者の健康を支える医療拠点」へと役割が変わりつつあります。その中で患者満足度(patient satisfaction)は、医療の質を測定する重要なアウトカム指標の一つとされています。
今回ご紹介するのは、共分散構造分析(SEM)と重回帰分析という多変量解析手法を用いて、保険薬局における患者満足度の構造を定量的に明らかにしたアンケート調査結果です。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究の背景
従来、日本では薬局の評価は主に薬価政策や医療機関の視点から語られてきました。しかし患者側からみた薬局満足度の定量的研究は少なく、既存研究も統計的な課題(サンプルの独立性や評価対象の不整合など)を抱えていました。
本研究では、こうした課題を踏まえ、**大規模なアンケート調査(104薬局・約1.4万件)**と高度な解析手法を用いて、「患者が薬局をどのような要因で評価しているのか」を体系的に明らかにしました。
◆研究概要
項目 | 内容 |
---|---|
対象 | 関東エリアの104薬局で実施した患者満足度アンケート(有効回答 14,138件) |
調査時期 | 2004年5月 |
質問項目 | 全11項目(受付対応、会計対応、薬剤師対応、プライバシー、待合室の清掃、設備、待ち時間、情報、理解、疑問解消、総合評価) |
評価方法 | 5段階評価(1=不満〜5=満足) |
解析手法 | 因子分析、共分散構造分析(SEM)、重回帰分析 |
◆試験結果(表)
1. 因子分析の結果
患者満足の潜在因子として、以下の3つが抽出されました。
因子 | 内容 | 主な項目 |
---|---|---|
服薬指導 | 薬剤師の専門性と説明力 | 情報・理解・疑問解消・薬剤師対応 |
スタッフの質 | 接遇スキル・配慮 | 受付・会計・プライバシー |
環境 | 物理的環境・設備 | 設備・清掃 |
→ 患者満足の評価は「①服薬指導」>「②スタッフの質」>「③環境」の順で重視されることが示されました。
2. 共分散構造分析(SEM)
モデル | 内容 | 適合度指標 |
---|---|---|
モデルI(全10項目) | 全質問項目を含めたモデル | GFI=0.928, CFI=0.992, RMSEA=0.062 |
モデルII(8項目) | 「待ち時間」、「プライバシー」を除外 | GFI=0.971, CFI=1.000, RMSEA=0.000 |
→ 「待ち時間」、「プライバシー」はモデル適合度を下げる要因でしたが、理論的には患者満足に関係が深いため、次の重回帰分析で再検討が行われました。
3. 重回帰分析(総合評価に対する影響)
説明変数 | 標準化偏回帰係数 | p値 | 備考 |
---|---|---|---|
服薬指導 | 0.243 | <0.01 | 最も影響大 |
薬剤師の応対 | 0.219 | <0.01 | 2番目に大きな影響 |
待ち時間 | 0.185 | <0.01 | 有意な影響あり |
スタッフの質 | 0.181 | <0.05 | 有意な影響あり |
環境 | 0.179 | <0.01 | 有意な影響あり |
プライバシー | 0.110 | n.s. | 有意な影響なし |
→ 服薬指導が最も強く総合満足度に寄与し、次いで薬剤師の対応、待ち時間、スタッフの質、環境が影響。プライバシーは有意な影響なしという結果でした。
◆試験の限界
- アンケート回答者の多くが既存利用者であり、「待ち時間」や「環境」に対する期待が一定だった可能性がある。
- 調査時点は個人情報保護法施行前であり、プライバシー意識の評価が反映されなかった可能性がある。
- すべて同一法人の薬局が対象であり、異なる経営母体でも同様の傾向が得られるかは不明。
- 「薬局単位」で分析したため、薬剤師ごとの応対差は評価できていない。
◆今後の検討課題
- 患者・薬局の属性(立地・診療科など)を考慮した層別分析の必要性
- プライバシー意識や情報提供手法に関する新たな調査項目の追加
- 多施設・異法人薬局を対象とした比較研究
- 薬剤師単位の評価データによる詳細な分析
◆まとめ
本研究は、保険薬局における患者満足度の構造を、因子分析・共分散構造分析・重回帰分析という複数の統計手法を用いて明らかにしたものです。
特に重要なポイントは以下の通りです:
- 服薬指導と薬剤師の対応が、満足度向上の最重要要因
- 待ち時間や環境整備も有意な影響を持つ
- プライバシーは本研究では有意な要因とならず、さらなる調査が必要
薬剤師の専門性と接遇力を高めること、そして待ち時間への配慮や環境整備が、患者満足度の向上ひいては医療の質の向上につながることが示唆されました。
ただし、2007年時点の報告結果であることから、個人情報保護の強化やコロナ流行後における現代では、患者の置かれた状況、これに伴う患者満足度に関する要因が変更されている可能性があります。
続報に期待。

✅まとめ✅ 日本の104施設の薬局におけるアンケート調査の結果、服薬指導(薬剤師の専門性と説明力)が重要視されている可能性が示唆された。スタッフの質や環境も重要な要因であることが示唆されたが、2007年時点の報告であり、現代の情報社会における患者ニーズとは異なっている可能性がある。
根拠となった試験の抄録
背景: 日本では、調剤と処方の分離(医薬分業)が進み、患者が薬剤師を選択し、その満足度が医療アウトカム指標の一つとして認識される社会が到来しつつあります。地域の薬局における患者のサービス満足度に影響を与える要因とそのメカニズムを明らかにする必要があります。
方法: 首都圏の104の薬局とその患者を対象に調査を実施しました。質問票は11項目(観測変数)で構成され、それぞれ5段階評価尺度となっています。データ指向型薬局モデルを用いて、地域薬局に対する患者満足度と薬局との関係性および構造について、2つの多変量解析を実施し、不満ではない割合を検証しました。観測変数と潜在因子を用いて、構造方程式モデリング(SEM)と因子分析(FA)を実施しました。また、総合満足度を独立変数とした重回帰分析を実施し、薬局の総合満足度に影響を与える要因を検討しました。
結果: FAの結果、薬剤使用指導、職員の質、環境という3つの潜在因子が示され、それに基づいて比較的高い適合度指数でSEMモデルが構築された。重回帰分析の結果、薬剤師の応対満足度など、ほぼすべての変数が総合満足度に影響を与えたが、プライバシーは有意な影響を与えなかった。
結論: これらの結果、特に各変数と潜在因子の関係は、薬剤師のスキル向上、薬局のサービス品質、そして地域に適応した薬局機能の重要性を示唆している。
引用文献
保険薬局における患者満足の研究
—共分散構造分析と重回帰分析を用いた患者アンケートデータの解析—
櫻井 秀彦 et al. DOI https://doi.org/10.1248/yakushi.127.1115
YAKUGAKU ZASSHI. 2007年127巻7号 p.1115-1123
ー 続きを読む https://www.jstage.jst.go.jp/article/yakushi/127/7/127_7_1115/_article/-char/ja/
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