はじめに:この論文でわかること
近年、2型糖尿病および肥満治療の第一選択薬として注目されているGLP-1受容体作動薬(GLP-1 RAs)。一方で、これらの薬剤には胃排出遅延作用があり、逆流性食道炎(GERD)のリスクとの関連が懸念されています。
今回紹介するのは、GLP-1 RAsとSGLT-2阻害薬(SGLT-2i)を比較し、GERDおよびその合併症の発症リスクを評価したリアルワールド研究です。対象は英国の診療データベースを用いた大規模コホートであり、因果推論に基づくターゲットトライアル模倣の手法が用いられています。
試験結果から明らかになったことは?
◆研究の概要◆
研究デザイン
- アクティブコンパレーター新規使用者設計(active-comparator new-user design)
- ターゲットトライアル模倣(emulating a target trial)
- 観察研究(前向きコホート)
データソース
- 英国Clinical Practice Research Datalink(CPRD)
- 対象期間:2013年1月1日~2021年12月31日(追跡は2022年3月31日まで)
対象者
- 18歳以上の2型糖尿病患者
- GLP-1 RAsまたはSGLT-2阻害薬を新規に開始した者
- GLP-1 RAs群:24,708人、SGLT-2i群:89,096人
- 追跡期間中央値:3.0年
評価項目
- 主要アウトカム:新規発症のGERD
- 副次アウトカム:GERDの合併症(例:食道炎、潰瘍、狭窄など)
- 傾向スコア微細層別化(fine stratification)によるリスク調整
試験結果から明らかになったことは?
評価項目 | リスク比(RR) | 絶対リスク差(RD) |
---|---|---|
GERDの発症 | 1.27(95%CI 1.14–1.42) | +0.7/100人 |
GERDの合併 | 1.55(95%CI 1.12–2.29) | +0.8/1000人 |
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◆臨床的意義◆
GLP-1 RAsは、血糖コントロール・体重減少・心血管保護といった恩恵が期待される一方で、胃排出の遅延による消化器症状が問題になることがあります。
本研究では、SGLT-2阻害薬を対照とすることで、GLP-1 RAsに特有の影響を抽出し、GERDおよびその合併症のリスクが統計学的に有意に高いことが示されました。絶対リスク差は小さいものの、長期使用や既往のある患者では、GERDの発症を念頭に置いた処方判断・モニタリングが重要と考えられます。
◆試験の限界◆
- 食生活や肥満度、喫煙・飲酒などの生活習慣因子の詳細情報が不足しており、残余交絡の可能性がある。
- GERDの診断は診療録上の記録に依存しており、診断バイアスや検査アクセスの違いが影響した可能性。
- 薬剤ごとの内訳(例:セマグルチド vs. リラグルチド)に関する分析は行われていないため、クラス内差異の評価は不十分。
- 観察研究であるため、ランダム化比較試験(RCT)に比べて因果関係の確定力は限定的。
◆今後の検討課題◆
- GLP-1 RAsの種類や用量、使用期間に応じたGERDリスクの層別化が必要。
- GERD既往のある患者や高齢者など、リスクの高い集団での検討が望まれる。
- RCTによる再検証や、消化器症状のプロスペクティブ評価(例:上部内視鏡所見の併用)を行うことで、より厳密な因果評価が可能となる。
- PPIなどの併用薬や胃腸運動改善薬との相互作用の検証も今後の課題。
◆まとめ◆
- 本研究は、GLP-1 RAsの使用がSGLT-2阻害薬と比較して逆流性食道炎(GERD)およびその合併症のリスクを有意に増加させることを示しました。
- 絶対リスク差は小さいものの、消化器症状への配慮やリスクの高い患者での注意が必要です。
- 今後は、薬剤間の比較や生活習慣因子を含めた研究によって、より実臨床に即したリスク評価が期待されます。
続報に期待。

✅まとめ✅ 英国の標的試験模倣研究の結果、SGLT-2阻害薬と比較したGLP-1受容体作動薬の推定効果は、2型糖尿病患者におけるGERDおよびその合併症リスクの高さが示唆された。
根拠となった試験の抄録
背景: 2型糖尿病および肥満の治療薬であるグルカゴン様ペプチド-1受容体作動薬(GLP-1 RA)は、胃内容排出遅延と関連しており、これは胃食道逆流症(GERD)の危険因子である。しかし、これらの薬剤とGERDとの関連を示すエビデンスは限られている。
目的: 2型糖尿病患者におけるGERDおよびその合併症のリスクに対する、ナトリウム-グルコース共輸送体-2(SGLT-2)阻害剤と比較したGLP-1 RAの効果を評価する。
試験設計: 対象試験を模倣したアクティブ比較新規ユーザーコホート研究。
試験設定: 英国臨床実践研究データリンク。
試験参加者: 2013年1月1日から2021年12月31日までの間にGLP-1 RAまたはSGLT-2阻害剤の投与を開始し、2022年3月31日まで追跡調査を行った、2型糖尿病を患う18歳以上の成人。
測定: 主要評価項目はGERDの発症、副次評価項目はGERDの合併症であった。3年間のリスク差(RD)とリスク比(RR)は、傾向スコアによる詳細な層別化を用いて推定され、重み付けされた。
結果: 本研究には、GLP-1受容体作動薬(RA)の新規使用者24,708人とSGLT-2阻害薬の新規使用者89,096人が含まれた。中央値3.0年間の追跡期間中、GLP-1受容体作動薬使用者とSGLT-2阻害薬使用者を比較した場合、GERDの相対リスクは1.27(95%信頼区間1.14~1.42)、RDは100人あたり0.7、合併症の相対リスクは1.55(95%信頼区間1.12~2.29)、RDは1,000人あたり0.8であった。
制限: 食事やライフスタイルの要因に関する情報が不足しているため、交絡因子が残る。
結論: SGLT-2阻害薬と比較したGLP-1受容体作動薬の推定効果は、2型糖尿病患者におけるGERDおよびその合併症のリスクが高いことを示唆している。臨床医は、この潜在的な有害作用を認識し、適切なタイミングで予防および治療戦略を策定する必要がある。
主な資金提供元: カナダ保健研究機構。
引用文献
Glucagon-Like Peptide-1 Receptor Agonists and Risk for Gastroesophageal Reflux Disease in Patients With Type 2 Diabetes : A Population-Based Cohort Study
Yunha Noh et al. PMID: 40658955 DOI: 10.7326/ANNALS-24-03420
Ann Intern Med. 2025 Jul 15. doi: 10.7326/ANNALS-24-03420. Online ahead of print.
ー 続きを読む https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40658955/
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