心拍数を下げる治療、その効果は一律か?
心拍数(Heart Rate, HR)の上昇は、心筋虚血、心不全、突然死のリスクと関連することから、HR低下を目指す治療戦略が広く用いられています。
しかし、高血圧や心血管疾患(CVD)患者におけるHR低下治療の本当のベネフィットは明確ではなく、むしろ一部の高血圧患者では死亡率の上昇が報告されるなど議論が続いてきました。
今回紹介する研究は、HRを低下させる薬剤(β遮断薬やイバブラジンなど)の効果を網羅的に評価したメタ解析であり、心血管疾患の有無、高血圧の有無、心拍数のベースラインによる違いを明らかにしています。
試験結果から明らかになったことは?
試験デザインと解析
項目 | 内容 |
---|---|
研究デザイン | ランダム化比較試験74件のメタ解析(登録患者数:157,764人) |
介入 | HR低下薬(主にβ遮断薬・イバブラジンなど)vs. プラセボ/非積極的治療 |
平均追跡期間 | 2.7年 |
平均HR低下 | -8.2 bpm(ベースライン76.2 → 達成65.6 bpm) |
解析手法 | ランダム効果モデル、サブグループ解析(心拍数・年齢階層別) |
主な結果(主要アウトカムのリスク比)
アウトカム | 相対リスク(RR) | 95%CI | 結果 |
---|---|---|---|
冠動脈疾患 | 0.84 | 0.78–0.90 | 16%リスク低下 |
心不全 | 0.91 | 0.84–0.98 | 9%リスク低下 |
心血管死 | 0.86 | 0.79–0.93 | 14%リスク低下 |
全死亡 | 0.87 | 0.82–0.93 | 13%リスク低下 |
治療中止(治療関連有害事象に起因) | 1.25 | 1.12–1.40 | 25%増加 |
脳卒中(高血圧のみでCVD既往なし) | 1.11 | 0.99–1.23 | 有意な悪化傾向 |
- 心筋梗塞後/心不全患者ではHR低下による明確な死亡率改善を確認
- 一方で、高血圧患者でCVDの既往がない場合、HR低下による有意な予後改善は認められず、むしろ脳卒中・死亡率増加
- HRターゲットは「65–70 bpm」が最適とされ、それ未満(<65 bpm)を目指すことで得られる追加効果は乏しい
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この大規模メタ解析の最大の意義は、心拍数(HR)低下療法の「効果が文脈に依存する(context-dependent)」ことを示した点にあります。
とくに重要な知見は以下の通りです:
- 心不全や心筋梗塞既往のある患者ではHR低下が死亡率改善に直結する
- 高血圧単独の患者ではHRを下げすぎるとリスクが上昇する可能性
- 「目標心拍数」は70未満で65程度が最もバランスが良い
また、β遮断薬などの使用により有害事象による治療中止が25%増加していた点にも注意が必要です。
HR低下による「良い効果」と「副作用リスク」は個別の背景因子に応じたバランスが重要であることが改めて強調されました。
ただし、アウトカムによって異質性はまちまちであり、結果の解釈に注意を要します。特に薬剤関連有害事象による中止については異質性が85%とかなり高い値です。
再現性の確認も含めて継続的な検証が求められます。
続報に期待。

✅まとめ✅ ランダム化比較試験のメタ解析の結果、心不全や心筋梗塞等の既往を有する患者においては、70 bpm以上の心拍に対して、65~70 bpmへの調整は死亡リスクの減少と関連していた。
根拠となった試験の抄録(日本語訳)
背景と目的:心拍数(HR)低下による高血圧治療の利点は議論の余地がある。本研究では、HR低下が心血管アウトカム、死亡率、有害事象に与える影響を検討した。
方法:PubMed、Embase、Cochrane Libraryから、HR低下薬とプラセボ/非積極治療を比較したRCTを収集した。アウトカムはリスク比および95%信頼区間で評価し、サブグループ解析としてHRや年齢階層に応じた標準的HR低下の影響を評価した(PROSPERO CRD42024540924)。
結果:計74試験、157,764人を含むデータを解析。平均追跡期間は2.7年で、HRは平均8.2 bpm低下(76.2→65.6 bpm)。
HR低下により、冠動脈疾患リスクが16%、心不全が9%、心血管死が14%、全死亡が13%減少したが、有害事象による中止は25%増加した。心筋梗塞後や心不全患者では有意な死亡率低下が認められた。
高血圧のみの患者ではアウトカム改善は認められず、脳卒中や死亡率の上昇も示唆された。
アウトカムへの影響はHRのカットオフ(80→70 bpm)間で有意差はなかったが、心不全についてのみ例外があった。
HR目標が低くなるにつれて、中止率は増加する傾向を示した。
結論:HR低下のベネフィットは文脈依存的である。70 bpm以上の心拍に対して、65~70 bpmへの調整は合理的な治療目標と考えられる。
引用文献
Heart rate lowering and cardiovascular outcomes: A meta-analysis of randomized trials
Böhm M, Redon J, Coca A, et al.
PMID: 40279099
Eur Heart J. 2024 Mar 20;ehad174. doi:10.1093/eurheartj/ehad174
ー 続きを読む:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40279099/
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